『仏道をならふといふは自己をならふ也
 自己をならふといふは自己をわするゝなり
 自己をわするゝといふは万法に証せらる
 万法に証せらるゝといふは自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり
 悟迹の休歇なるあり
 休歇なる悟迹を長々出ならしむ』(道元禅師「現成公案」)


まず、何のために坐禅をするのかを、はっきりさせねばなりません
坐禅の姿勢は、なにも仏教の専売特許ではないからです
ただ坐相を整えても、中身がともなわなければ、坐禅にはなりません
問題意識のあり方が大事です

『仏道をならふといふは自己をならふなり』

仏道とは、自分とは何かという問題を解決する道です
そもそも釈尊は、生老病死といわれるような「苦」を滅する道を説いたのです
自分にとって最大の苦は、死んでしまうということです
自分のからだは、だんだん年老いて、いつかは必ず死ぬと決まっています
これは事実ですから、疑問の余地がありません
このからだは無くなってしまいます
そのとき、自分という思いはどこへ行ってしまうのか
その心の行き先が大問題なのです

これが自分のからだである、これが自分の心である、と認識する主
その主たる自分は、どこから来て、どこへ行くのか

自分がどこの誰かも知らない赤ん坊だった時代がだれにでもあります
やがて知恵がつき、自分の名を覚え、自分を認識するようになります
自分が自分であるという認識は、後天的なものです
「自分」というものを、生まれたときには持っていなかったという事実
成長して自我意識が発達しても、「自分」が存在するようになるわけではありません
テレビを観ているときに、同時に自分という意識はないのです
あとから振り返って、観ているのは自分だと認識します
意識し続けると、同時にあるような気がするだけです
「自分」とは、事後のこころの働きであって、実体はありません
それを、このからだの中に、「自分」というものが存在していると錯覚するために
「自分」を中心にものを考えて迷います

はじめから存在しないものは、どこまで行っても存在しません
ただ自分という思いをあとから作って
それを実体があるかのように錯覚するだけです
はじめから無いものは、肉体が無くなろうが
ただ無いという事実しかありません

「無我」とは、自己を修行によって滅した結果ではなく
もともと「我」というものは存在しないということです
この肉体の中に「我」を認めるから人は迷います

『自己をならふといふは自己を忘るるなり』

坐禅は、あると錯覚している自分を忘れる修行です
自分を忘れるとは、自分を観察しないでいることです
自分がやっていることを観察しないと、
見えるものも、聞こえるものも、思いも
自分がやっているという意識が無くなります


もともと「自分」が見ているのではなく
いずれ死んでしまうこの肉体が、その働きによって勝手に見えるのです
「自分」が聞いているのではなく、勝手に聞こえるのです

「自分」のある場所は、知覚することができません
なんとなく、頭や胸の中にあるような気がしています
しかし、よくよく考えても、自分あるいは心というもののある場所を
ここにあると示すことはできません

「自分」は住所不定ですから、何にでもなります
音を聞くときには、「自分」耳になっています
ものを見るときには、「自分」は眼になっています
足が痛いときには、「自分」は足になっています
でもそれは錯覚です

実際は、いつかは無くなってしまう
このからだの働きとして聞こえるのです
「自分」が耳を使って聞いているのではありません。
聞こえたあとで、「自分」が耳で聞いたと説明をつけているだけです
聞こえたことと、「自分」との間に本来関係はありません

どこにあるかわからない心というものを、自分の中にあるという先入観から解放してやると
坐中ふと気づくと、外で降っている雨が自分の中に降っていたり
たたみの中に自分が入っていたりします

坐禅の工夫は、とにかく自分を振り返らずに坐るのです
ものは何もないところからポンと出てきては消えます
自分の心とか、悟りとか、仏とか、とりつく島がありません
嫌な奴が来たら嫌だと思い
愛する人が死んだら悲しいと思い
腹が減ったら何か食いたいと思い
身体が不調なら養生しなきゃと思う
その思いをいじってはいけません
あたりまえの人でいる道です
悟ったといって特別な人にはならないのです
なったらどこかに嘘や作り事があります

今の自分の様子以外に、特別な悟りの境地などあり得ないのですから
100パーセント自分を受け入れっぱなしにする以外に道はありません

当耕月寺では毎朝日課の坐禅会があります
それなりの作法はありますが、うるさく申しません
たとえ眠っていても後ろから棒(驚策)で叩くことはいたしません
ただ自己を観察しない、振り返らない工夫を専一にしていただきます

           戻る